[日記・コラム・つぶやき]
こじつけ力がものを言う(孟嘗君)
[日記・コラム・つぶやき]
こじつけ力がものを言う(孟嘗君)
--------------------------------------------------------------------
コメントやトラックバックに関しては100%お返事していきますので、ご意見・ご感想・ご要望があれば何でもどうぞ! 「あの英雄・豪傑はマーケティング的にはどうなんだ?!」みたいな独り言でも結構です。
--------------------------------------------------------------------
[本日さかもと教授はお休みにつき助手・増井の補講]
A power of distortion matters.
歴史偉人は「こじつけ力」も偉大!
◆ 歴史に名を残す「こじつけ名人」 其の一
中国戦国時代に孟嘗君という人がいた。斉国の宰相で、名を田文(でんぶん)という。
鶏鳴狗盗(けいめいくとう)のような些細な能力を持った者をはじめ、食客を三千人も養っていたとか、大国・秦の脅威から、韓や魏を救ったりと、戦国時代の歴史を語るには絶対に外せない人物である。魏の信陵君・楚の春申君・趙の平原君とともに「戦国四君」と称される。
さて、ウソかマコトか知らないが、彼はもともと望まれた子ではなかった。五月五日に生まれた子は、「背丈が戸口に達するようになると、親を殺す」という迷信があった。父は生まれたばかりの田文を殺せと命じた。しかし、母はこっそりと田文を育てた。
元服を迎える頃になって、ようやく父子の初対面が叶うのだが、もちろん、父は怒る。「あのとき、殺していなかったのか?!」と。
田文は父に向かって、こう言った。
「父上、五月五日生まれの子は背丈が戸口の高さに達すると親を殺すと言われております。もしその言い伝えが 本当ならば、戸口を高くすれば済むではありませんか。果たして、戸口が子に親を殺させるのでしょうか? 愚かな私にはそれが不思議でなりません・・・」
このひと言で、父は田文の才能に感じ入り、他の子らと同じように部屋住みの身分を許したと言われている。
また、ある日、彼は父を諫めてこう言っている。
「父上、子の子は何と言うかご存じですか?」 → 「孫じゃ」
「では、孫の子は?」 → 「曾孫(ひまご)じゃ」
「では、曾孫の子は?」 → 「玄孫(やしゃご)じゃ」
「では、玄孫の子は?」 → 「う~ん。知らんわい!」
「そんな、なんと呼ぶか分かりもせぬ子孫のために、これほどの金銀財宝を残してやる必要があるのでしょうか?」
そうやって、彼は私腹を肥やす父を諫め、その資産を使って、全国各地から人材を求めた。その数、およそ三千人。父も田文の才能を認め、数十人もいた跡継ぎ候補の中から、嫡男でもない田文を選び、家と宰相の職を継がせた。
これらのエピソード。孟嘗君を称える作り話という説もあるが、事実の詮索は学者さんの仕事だ。
私はこのエピソードが物語る「こじつけ力の効用」にこそ、学びがあると思っている。
◆ 「こじつけ」と単なる「屁理屈」の違い
つづきは、メールマガジンのバックナンバーで!
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82694/3537389
この記事へのトラックバック一覧です: この記事のトラックバックを表示する:
» 宮城谷昌光「孟嘗君」 [通勤電車で読んだ本から]
そもそも中国の歴史に興味を持ったのは、ご多分に漏れず三国志からでした。その後、何 続きを読む
受信: 2005/07/06 13:57:59

クリック!



コメント