歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 [日記・コラム・つぶやき]
 ブランディングは持ち物で決まる!
[坂本竜馬の場合 Vol.1]

Branding is decided by the property.
[A case of Ryouma Sakamoto Vol.1]

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コメントやトラックバックに関しては100%お返事していきますので、ご意見・ご感想・ご要望があれば何でもどうぞ! 「あの英雄・豪傑はマーケティング的にはどうなんだ?!」みたいな独り言でも結構です。

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ryouma

ある時、坂本竜馬がある同志(桧垣清治)に出逢った。その同志が土佐独特の長刀を腰にたばさみ、壮士気取りで肩で風切るのを見て、竜馬は言った。「無用の長物。とっさの行動に支障あり」と、自分が帯びている短刀を同志に見せた。その同志はもともと竜馬を尊敬していたので、さっそく長刀をやめて短刀に変えた。しばらくして、再び竜馬に出逢った時、「今やピストルの時代」と懐から高杉晋作から貰ったピストルを取り出して、空に一発放って快活に笑った。そして、三度、竜馬に出逢った時、懐から洋書一冊を取り出して、「これからは万国公法の時代じゃきに!」。呵々と笑った。

坂本竜馬にはこの手のエピソードが他にもあり、彼の着眼点の大きさを物語っている。このエピソードは坂本竜馬ファンならば誰でも知っているほどの有名なハナシだが、これをブランディングの視点からとらえると更に面白い。

北辰一刀流の塾頭をつとめた人物だけに、もちろん剣術には自信がある。しかし、彼は生涯、人を刀で殺すことはなかったという(注記:戦と自己防衛の例を除く)。殺伐とした人斬り横行の時代にあって珍しい事である。もともと性根が優しく、人間が大好きなのである。つまならい意地やわだかまりで、本来自分の味方にすべき相手を敵にしてしまう愚かさを嫌う徹底した合理主義者である。嫌いな相手でも世直しという大義のためになら手を取り合う「大度」があった。

ちなみに、幕末は血気盛んな観念者(こだわり者)の巣窟であった。その中で、竜馬の合理精神は特筆すべき特徴である。戦国史・幕末史を見ていると、「こだわり者」と「合理家」の共同事業で天下国家が構築されることが分かる。風穴を開けるのは「こだわり者」であり、仕上げをするのは「合理家」である。竜馬は仕上げ担当者であったと言える。

また、人間とのわずかな接点を血で汚したくないという純粋な対人観が底流にある。強いほど優しく、優しいほど強い。剣道や武道、いわゆる「道」の基本である。

だから殺人道具である刀はできるだけ小さくて良いという言葉になる。
ここで坂本竜馬の人生というブランドに、一つ目の際だった特徴(コンセプト)を見て取れる。

不殺

である。徹底した不殺主義を貫いている。いくら高邁な理想を掲げても「殺」「血」のイメージがつきまとうと、人はついてこないと考えていたのである。武家育ちといっても、商家が武家の株を買った半商半士の家で育っている。刀で障害を取り除くより、言葉と経済行動で障害を融かす資質が身に付いている。そこが、他の志士たちと違うところだ。

二つ目のコンセプトは、

目的重点主義

北辰一刀流を修めておきながら、刀よりピストルを重んじるということはどういうことか?
武辺一筋の剣豪であれば、「剣は村正か正宗か」とこだわるところだが、彼は刀をなかば捨てている。もちろん、写真の肖像のように、座れば鞘が床につくほどの長刀を腰に差してはいるのだが、飾りみたいなものだ。デモンストレーションの効用しか剣に期待していない。そもそも抜くつもりはないのである。だから、ピストルを持ち歩く。

寺田屋で幕府の捕り方に囲まれた時も、「捕り方の役人も人の子」と刀で応戦することはなかった。ピストルを数発放って、その場を切り抜けている。あのような正当防衛の戦時においても、不殺を心がけ、目的である「逃げる」ことに全精力を注いでいる。決して、敵の覆滅をはからない。つねに「いまやるべきことは一つだけ」と目的を重点化しているのである。

ブランディングの要諦も目的を絞ることにある。他人とは絶対に重ならない「究極の一点」(プライム・ポイント)に絞って精力を注ぎ込むことである。

ちなみに、「プライム・ポイント」という表現は私の勝手な造語である。マーケティング用語でもなんでもない。「究極の一点」「最良最小のセールスポイント」と言い換えても良い。「プライム“prime”」とは、「第一の、主要な、最初の、原始的な」という形容詞であり、「初期、青春、全盛期、最良の部分」という名詞でもある。私は、「最良の部分」が意味するところに注目してみた。ステーキ屋さんにいけば、メニューに書いてある。「プライム・リブ・ロース 7,500円」と。一頭の牛からほんのわずかしか取れない最上質の部位の肉を「プライムリブ」というのだ。また、素数を英語では「プライムナンバー」という。素数は1とその数でしか割り切れない数のこと。他の数字(特徴)によって割られることのない、独尊の数字である。最良にもプライム、独尊にもプライムという言葉をあてるということは、独尊(究極の一点)は最良であるということを表している。

Palmtree阪本啓一先生はこれを「とんがり」と言っておられ、アル・ライズ氏は「集中の法則 “The Law Of Focus”」と名付けておられる。

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このように、英雄豪傑の言葉や行動には必ずマーケティング、ブランディングの要諦が含まれている。
マーケティングを経営者の学問として学ぶより、歴史人物への憧れの延長線上に置くほうが実践的で役に立つというのは、このためである。

次回Vol.2では、彼の持ち物から分かる、彼のもう一つのコンセプト「政略眼」について述べよう。

もし幕末史を舞台にマーケティングを学ぶなら、まずは「坂本竜馬」を知ることじゃな。好き嫌いはあるかも知れんが、プライム・ポイント(究極の一点)を見つけ出すに至る彼の思想遍歴や活動の足跡を辿れば、自分の戦略立案にとても役に立つじゃろうな。そこから佐幕派の主要人物や、もう少し時代を遡って、大塩平八郎などで検証してみるのも、これまた良いじゃろうて。但し、あくまでも視点は「マーケティング」じゃよ。

「本当に竜馬は強かったのか?」といった三流歴史雑誌の企画のような視点は捨てることじゃ!

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