歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 [日記・コラム・つぶやき]
 英雄は価値設計する
 --- 坂本龍馬の場合

Hero designes a value. VOL.1
[A case of Ryouma Sakamoto]

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ryouma

 「いまは幕末だ」と言われて久しい。確かに個人の力がいまの時代ほど評価される時代はない。個人主義が台頭しはじめた幕末そっくりである。そして、それは坂本龍馬と彼をとりまく世界を見てみると、より鮮明になる。

 坂本龍馬、27歳の頃。桜田門外で井伊直弼が暗殺され、それをキッカケにして盟友の武市半平太が土佐勤王党を立ち上げた。龍馬もそこに参加した。さしずめ、勉強もせずに留年しつづけた剣道一筋のスポーツ青年が、勤王家で有名な同郷の先輩が設立したベンチャー企業に入社したようなものである。その時、28歳。

 しかし、その翌年には勤王党を脱退、土佐藩をも脱藩している。


 「勤王ベンチャーって言っても、弁論と暗殺事業じゃ、
 世のなか動かんぜよ! わしは船を手に入れて貿易
 会社を興すんじゃ! ついでに幕府も倒すぜよ!」

 武市半平太ら勤王ベンチャー経営者は、議論や弁舌で人を酔わせ、公卿などから資金を提供してもらって組織を運営していた。手がけている事業といえば、主に講演・セミナー事業。それと、敵対者を廃絶する暗殺事業。

 確かに、「勤王」という事業カテゴリーはその当時、輝かしい響きを持っていた。「IT事業」というカテゴリーが誕生した時の世間の浮かれようとよく似ている。

 しかし、多くのITベンチャー同様、実の伴わない虚業だった。


 龍馬は実業の道を独りで歩く事を決意して、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった勤王ベンチャーを退職した。そのまま残っていれば、副社長になれたにも関わらず・・・。


 虚業と実業の違い。それは非常にシンプルである。

 虚業は、価値を生産しない。勤王主義は確かに、時代の風穴を開けた一大ムーブメントであった。しかし、土佐勤王党をはじめとする各地の勤王ベンチャーは、「幕府を倒して天皇さんの世の中になると、我々の暮らしはこうなる。民衆の苦しみはこんなにも無くなる!」といった価値の約束を行わなかった。


 価値提案を行わない事業はすべて虚業である。

 その一方、龍馬は遅咲きながら、価値設計から始めた。
 勤王イズムに乗せられた志士たちが、外国人への嫌悪感や、外国に屈した政府への反感から、ベンチャー企業を興したのとは大きく異なり、龍馬は以下のように価値設計した。


お隣の中国政府は欧米列強の言いなりになって、国内の革命家を殺す為に武器弾薬を外国から購入した。その代金として治外法権や不平等な条約締結を強いられ、いまや国を奪われている。日本はそうならないように、お殿様も下級武士も商人も百姓も、一枚岩になって国を守るべきだ。ある者は金儲けによって身を立て、ある者は政治を行い、ある者は銃をとり、ある者は軍隊を指揮する役割をそれぞれがまっとうできるようにせにゃならん。その為には身分制度が邪魔じゃ。身分制度を守ろうとする頑固な幕府は倒すべきだ。しかし、幕府を倒すにも力がいる。その力は、本来憎むべき諸外国が持っている。だったら、あいつらを追い出すよりも、対等につき合って、彼らの力(文明)を学んで盗んでやればいい。対等の交際をするには、商売じゃ。交易じゃ。弁論や刀じゃ何も解決にはならん。だから、わしは船が欲しい。英語も勉強したい。薩長にも仲良くしてもらわにゃいかん。できれば戦争ナシで幕府も無くなってもらいたい。とりあえずは、幕府の海軍奉行・勝海舟先生あたりとお付き合いさせてもらおうか・・・

 こうやって龍馬は事業のアクションプランを決めていった。龍馬が設立した亀山社中(後、海援隊)には、交易・海運・操船技術の指導・教育啓蒙・出版という事業があった。

 一方、勤王志士たちは「外国人憎し・政府弱し」の薄っぺらい価値観で起業している。「あわよくば身分の高い階級になりたい」という自己満足主義の者もいた。だから、倒幕ストーリーが描けない。価値設計をしていないから、事業設計ができない。商品戦略もない。単純に武力で敵を圧倒すれば良いという発想しか出てこない。だから、敵方の人数を減らす暗殺事業しかやることがない。

 勤王ベンチャーには商品やコンテンツがなかった。商品・コンテンツの役割は、「設計した価値の伝達・具現化」である。提案すべき価値がないのだから、どんな商品・コンテンツを扱うべきか分かるはずがない。

 いまの言葉で言えば、「何でも屋」である。「とにかく金になることだったら何でもやる」という姿勢。「価格主義」「金儲け主義」とも言う。


 実のない虚業の末路は古今東西、共通している。
 短期的な成功と、その後のとてつもない転落である。

 土佐勤王党は武市半平太と主要幹部の投獄・刑死によって消滅。土佐藩だけではない。いくつかの藩で、勤王ベンチャーは壊滅させられている。まるで、10数年前の土地バブル、数年前のITバブルと同じである。勤王バブルがはじけたのである。


 しかし、その後にはホンモノが残る。
 龍馬は、昔の仲間たちが虚業で得たきらびやかな、しかし短い成功の陰で、コツコツと価値設計を行った。そして、独立からわずか5年足らずで、その価値を伝達する商品作りと、人材・資金の確保に成功し、事業を興した。残念なことに、その事業がこれからという時に、彼自身は非業にたおれたが、彼が生み出した価値はその後の日本を変えた。そして、いまだにその価値は息づいている。


 価値設計を経ていない事業は、時流に乗れば急速に成長して、時流が過ぎ去れば急速にしぼむ。
 価値設計を経ている事業は、時流に乗ろうと乗るまいと、つねに着実に成長をつづける。人も育つ。金も残る。尊敬を受ける。時が経てば、当初の価値は役に立たなくなるが、新しい人材が新しい価値設計を行うから、事業のブランドそのものを損ねることがない。

 龍馬が創り出した新国家の骨組みや、企業のあり方、経済の役割といったものは、つねにマイナーチェンジを繰り返しながらも、ど真ん中にある価値はいささかもブレてはいない。まさに、近代日本100年の大計であったと言える。


 現金を掴む為だけなら虚業で充分。早い馬に乗れば良い。人格や礼儀とか人間関係とか、そんなものをかなぐり捨てて、鬼になって、金儲けすればいい。但し、誰にも尊敬されない老後を送るに違いない。

 しかし、現金も掴んで社会革新を成し遂げ後世に感謝されるような事業を立ち上げたいのなら、何はともあれ、価値設計を行うことだ。まずはそこから、である。

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