[日記・コラム・つぶやき]
光秀と家康のちがい
三日天下は左脳人、天下人は右脳人。
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光秀と家康のちがい
三日天下は左脳人、天下人は右脳人。
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コメントやトラックバックに関しては100%お返事していきますので、ご意見・ご感想・ご要望があれば何でもどうぞ! 「あの英雄・豪傑はマーケティング的にはどうなんだ?!」みたいな独り言でも結構です。
はい、ここで出欠を取ります! 今日の講義、面白そうだなという人はこの画像をクリックして下さ~い!![]()
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結論から!
明智光秀は左脳の人、徳川家康は右脳の人である。
三日坊主のメカニズムを知れば、そのことが分かる。
「成功する1週間の過ごし方」バックナンバー(99)2005/04/25号より
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■ 三日坊主のメカニズム
ダイエット、日記、コレクション、試験勉強、信仰心・・・。
これら一般に、継続習慣を伴う活動が成功する場合は、すべて右脳に基づいていると言っていい。逆に、失敗する場合は、左脳による。
私にとって、メルマガやブログでの情報発信はビジネスとかプライベートといった区別なく、完全に「こうなりたい自分イメージ」の一部として取り込まれている。従って、苦痛ではない。自社のために練る事業企画も、他社のために案ずるプロジェクトも、それこそ自他の別なく、楽しいアクティビティだ。
右脳の「気持ちよくなりたい」という欲求が、当事者意識というカタチで表面化していると言っていい。だから、習慣化する。体がそのように動く。息をするのと同じ感覚だ。
だから、「~なりたい」「そうすると気持ちいい」という感覚を持っていない計画・プランがすべて三日坊主で終わる。三日坊主は左脳と右脳の使い方次第である。
左脳から右脳に移し替えさえすれば、目標は達成できるというメカニズムが分かったからである。
「継続は力なり」
この言葉は不充分である。言い得ていない。
「継続は右脳力なり」
勝手ながら、私はこのように改めさせて頂く!
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>>> 実践: 三日坊主撃退法
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1.自分にとって「できて当たり前・こんなこと出来る? 見て見て!」リストを作ろう!
2.それをやっているときは、心・顔・体がどんな状態か思い出そう!
3.「いままでできなかったこと・これから挑戦したいこと」リストを書きだそう!
4.それをやっているときの、心・顔・体の状態を思い出そう!
5.4を2に置き換えて、もう一度、3のリストで挙げた目標に取り組もう!
6.これを3日以上は継続しよう!
7.できるだけ多くの人に公言しよう!
8.定期的に経過報告しよう!
9.「こういう成果が出た!」と自慢することを恥じないでいよう!
もしあなたが「他人の話を聞くことより自分の話がしたいだけ」の人ならともかく、少なくとも、「あなたの親切さを評価してくれる人が数人いる」なら、あなたの成果発表は自慢話ではなく、利他心にもとづく提案活動として歓迎されるはずですよ。だから、成果を自慢する
ことを躊躇しないようにしましょう!
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史実通りなら、明智光秀の天下取りへの構想はわずか1,2ヶ月の間に固まったものだ。主君・織田信長の配下でいることへの不安感や不満感、仏教勢力・足利義昭を中心とする織田家包囲網など、天下の情勢を見て、その結果、「敵は本能寺にあり!」となったものだろう。当然、天下人になった後の国造りのイメージや、天下人という人物イメージが固まっていなかったはずだ。
にわかに、織田信長から天下を簒奪する構想を思いついた。
まるで学生が明日のテストのために一夜漬けするのに似ている。誰でも経験があると思うが、一夜漬けでは、まさに一夜限りの恋、いやいや、一夜限りの記憶しか得ることはできない。テストが終わればすぐに忘れてしまう。
こういう記憶を左脳記憶という。
一方、右脳記憶とはどういうものか。
自転車の乗り方、車の運転の仕方、昔やっていたスポーツ、大好きな趣味・仕事に関する知識情報量といったものだ。
例えば、私は歴史が大好きだ。高校3年間、ひたすら司馬遼太郎を読んだ。「街道を行く」シリーズ以外の歴史小説はすべて読破した。本を買う小遣いが続かないから、読んでは古本屋に売りに行き、また読みたくなっては古本屋で買い戻すということをよくした。
31歳の現在、「龍馬がゆく」「坂の上の雲」など20回以上は通読している。
だから、完全に右脳記憶になっている。
一語一句間違わずに・・・とはいかないが、例えば、重要なシーンの情景描写をしながら1日かけて語ることはできる。琵琶でも弾ければ、辻に座って、平家物語ならぬ龍馬物語をやる自信はある。
司馬遼太郎の龍馬を初めて読んだのは15の時だから、いまや16年のキャリアである。
16年もの間、「龍馬が大好き! こんな男になりて~」と思い続けてきた。
「龍馬」というラベルのついた記憶の箱は、最初、左脳領域に置かれた。しかし、龍馬という偉人のイメージが脳内で固まるにつれて、徐々に右脳に移動していった。今では、完全に右脳に居座っている。忘れられるものではない。
これが習慣化のメカニズムである。「誰でも一つは得意なことがある」と言うが、このことを言っているのである。誰でも「これだけは誰にも負けない」と自信を持っているテーマがあるはずだ。おそらく、そのテーマに関する情報収集と情報発信の履歴は長いはずである。
右脳記憶になっているのだ。
徳川家康は天下を治めた。明智光秀の三日天下とは異なり、260年の泰平の基礎を作った。
それは、彼が右脳人だったことが幸いした。
彼は幼少の頃から人質生活をしてきた。金で主君を裏切る者、戦で恐れをなして逃散する者、個人的には魅力がないのに優れた家臣団を持つ武将など、さまざまなリーダー像を見てきて、それらをすべて止揚して、理想的な天下人イメージを作ってきた。一度作っては壊して、また作り直すという脳内スクラップ&ビルドを繰り返してきた。
そのキャリアのスタートは今川家に人質としてとられた8歳の頃からである。
彼が天下人になった証を1603年の征夷大将軍任官の時に求めるならば、なんと55年である。55年かけて、彼は天下人のイメージを育て続けたのである。
これが右脳記憶の力である。
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「成せば成る、成さねば成らぬ何ごとも・・・」と言うが、この言葉は間違っている。 左脳ではいくら努力しても「成す」ことはできない。 「成したいこと」を右脳に移動して初めて、努力が実る土台ができるのである。 |
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