歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 [日記・コラム・つぶやき]
 モーゼも結局、セルフブランディングの
 重要性を説いたのではないのか?!

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Mose_michelangelo Wikipedia
によれば・・・

モーセ(ヘブライ語でモシェ Moshe)は、モーゼ、モイセイともいい、古代イスラエルの最大の預言者とされる人物。紀元前13世紀から紀元前12世紀頃の人物と推定されているが、実在の人物かどうかは明らかではない。

とあるが、オリジナル(原始)のユダヤ教やキリスト教が説く価値観を十分に理解していない我々日本人にとっては、モーゼは文学史上の登場人物であり、映画「十戒」がその触媒の役目を果たしたと言える。

ところで、宗教とはセルフブランディングの別の謂いだと、私はかねがね考えている。セルフブランディングの視点から捉えればすべての宗教に貫通する共通点を導き出せるのではないか、と考える。

例えば、モーゼの十戒。

第一  我は汝の主なる神なり。
     我のほか何者をも神となすべからず。
第二  汝、神の名をみだりに呼ぶなかれ。
第三  汝、安息日を聖とすべきことを覚ゆべし。
第四  汝、父母を敬うべし。
第五  汝、殺すなかれ。
第六  汝、姦淫するなかれ。
第七  汝、盗むなかれ。
第八  汝、偽証するなかれ。
第九  汝、人の妻を望むなかれ。
第十  汝、人の持ち物をみだりに望むなかれ。



ちなみに、第2に「偶像崇拝をしてはならない」という項目を持ってくる説もあるが、実際、モーゼは偶像崇拝を禁じた。その点は、映画「十戒」に詳しい。

さて、幼い頃に映画を観て、モーゼの存在や十戒の意味を知った私は、かねてから、不思議に思っていたことがある。

神の名をみだりに呼ぶこと、偶像崇拝を禁じたユダヤ教。その形骸化を批判し、自分の心に正直に生きよと説いたキリストを開祖とするキリスト教。現代では、いずれも、神の名や偶像をみだりに重んじ、他の宗教を廃絶する。排他の極地。愛のかけらもない。原始のまっすぐで無骨な心性は失われている。

それゆえ、上記の十戒を、文字通り、「自分が信仰を捧げている●●教だけが絶対唯一正しい価値体系であって、それ以外は何としても排他せねばならない!」と解釈してしまう人が出てきても仕方がない。(実際、そのようなインチキ宗教家は山ほどいるし、宗教だけではない。ビジネスマンでもいる。博愛精神のかけらもなく、金と名声を追い求める自称ビジネスマンはいたるところにいる)

現代の宗教観・人生観をとりまく世界では目を覆いたくなるような現象が至るところで起こっているが、さて、上記の十戒に「セルフブランディング」という善悪・清濁をバランス良く併せのむことができるマーケティングの指標の一つを、ポンッと与えてやると、モーゼが民衆に説きたかった本質が浮き彫りになる!

すなはち・・・

第一 我は汝の主なる神なり。
    我のほか何者をも神となすべからず。


「我」とはこの言葉をつぶやく、まさに自分自身である。
「汝」とは実はこれもまた「我」のことである。「鏡に映っ
た自分」のことである。我思うゆえに我あり。明鏡止水。
自分の心を水紋のない水鏡のようにして、自分自身を
映す。見るのは周りの反応ではない。己の心自身。
つまり、この戒は、「ヤハヴェ (Yahveh)のみを信仰せ
よ」と説いているのではなく、自分を信じて自分自身を
信仰せよと説いている。
(こう解釈することで、現代のユ
ダヤ教やキリスト教の一神論に基づく欺瞞や争いの根を
看破することができる。いつか分からないが、誰かが、故
意に、原始のユダヤ教・キリスト教に排他性を持たせた
のだ。政治的・経済的な目的のために・・・)



第二  汝、神の名をみだりに呼ぶなかれ。

前条で「自分自身を信仰対象とせよ!」と説いている。
既存の宗教の形骸化した神の名をお題目にして、他
人に自分の価値観の正当性を強要することの恐ろし
さについて警鐘を鳴らしているのである。信仰に身を
投じる人のほとんどが、「自分の信仰姿勢と信仰対象
はとても貴いから、あなたも信仰すべきだ!」と勧誘
する。本来、宗教とは自分だけのものである。十人の
組織には十様の信仰がある。つまり、自分である。
「信仰を大切しろ!」と他人に説きたいのであれば、
「自分を信じきれ!」と教えてやるだけで良い。自分
がモチーフとして信仰している●●教やその宗教が
象徴的に祭り上げているシンボルを信仰対象とすべ
きことを強要してはいけない。神の名をみだりに呼ん
だり、偶像を崇拝することは、セルフブランディング
とはまったく逆の精神作用である。



第三  汝、安息日を聖とすべきことを覚ゆべし。

前二条で、モーゼが一神論を説いたわけではないとい
うことが喝破できる。東洋思想と同じ。自己のなかに
万物普遍の真理を見いだし、それをこそ重んじ、信仰
せよと説いている。「自己内の、万物普遍の価値」を尊
ぶということは、すなはち、あらゆる万物に天性・神性
を見いだす姿勢へとつながる。つまり、感謝の気持ち、
いたわりの気持ち、与えたくなる本能である。日常、
我々は忙しい。自己を信仰する大切さは理解できても、
他人を自己と同じように愛することの大切さは、ともす
れば忘れがちである。それを思い出すために、安息日
を持てと説いたのである。しかし、日曜日とは誰も説い
ていない。自他のことを心から考えて上げられる心安
まる日を7日のうち1日ぐらいは持っても良いのではな
いか?というモーゼの提案である。しかし、これを日曜
日として定めた愚か者がいたのだ。そのお陰で、日曜
日は働かなくて良い日になり、次第に、社会のことなど
どうでもいい、とにかく自分の体が安まれば良い日へ
と形骸化した。本末転倒も甚だしい。働く日と働かなく
て良い日の区別意識は、自分と他人を区別する意識
を助長する。「自己も他人も等しく信じることが大切」と
する前二条の前提が崩れてしまうのである。ON,OFF
のスイッチ感覚を持ってはいけないのだ。



第四  汝、父母を敬うべし。

これも考え方一つである。この一条は「親孝行の大
切さ」を説いているのではない! 「父母というもの
はすべて貴いものだぞ」と説いているのである。自己
を信じ愛するということは両親を愛することになる。
自己と同じく他人も愛するということはその人の両親
を愛することになる。つまり、万物の生命の源を愛す
る博愛精神へと発展するのである。


この四条の本質を理解できれば、五条以降の戒めがスムーズに入ってくる。

第五  汝、殺すなかれ。
第六  汝、姦淫するなかれ。
第七  汝、盗むなかれ。
第八  汝、偽証するなかれ。
第九  汝、人の妻を望むなかれ。
第十  汝、人の持ち物をみだりに望むなかれ。

ブランディングの大原則は、「自分を愛しきり、信じきれる自己の陶冶」である。いくら、高い志を持とうと、売れる商品を持っていようと、素晴らしい事業プランがあっても、潤沢な資金があっても、自分と他人を区別する壁を設けている人は、ブランディング挫折者である。マーケティング的にハンディキャップを負っていると言って良い。長い繁栄を味わうことはできない。

しかし、英雄ブランディングのメソッドなら自己愛を取り戻すことができるのじゃ。

自分を愛せないなら、まずは自分が憧れる成功者をとことんまで愛しきり、その英雄・偉人の人生のなかから、自分との共通点を見つけ出せば良いのじゃよ!

その小さな点に指を突っ込み、グリグリかき回し、徐々に大きな穴にしていく。その結果、その穴の向こうに、古今東西の英雄たちにひけをとらない魅力を持った自分の姿を見ることになるのじゃ!

そのプロセスが英雄ブランディングによって得られるのじゃ!

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