[日記・コラム・つぶやき]
礼儀で金は儲からんが
礼儀が無くては金が死ぬ!
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時々、決心が揺らぐ。
金儲けはしたい。しかし、幸か不幸か、金儲けをしたいという欲望の前に、歴史の素晴らしさを先に覚えてしまった。金儲けというものを意識しだしたのは正直、大学を出てからだ。一方、「歴史から学ぶ」という精神態度は中学生の頃からある。20年近い。
「こんな男になりたいなぁ・・・」
「コイツ、かっこいいこと言うじゃねーか!」
小説を読んでいても、大河ドラマを観ていても、漫画を読んでいても、仕事で出会った人と会話していても、まずそういうことに目がいく。
「この人、いくら稼いではるんやろか?」 ではなく、
「この人、男としてかっこええな。オレが女やったら惚れてたかも・・・」 となる。
いずれも自己顕示欲の一表現に過ぎないかも知れない。
しかし、前者は泡沫(うたかた)のように心許ない。政府や国際情勢に左右される。
その点、後者は揺るぎない。
坂本龍馬はいまだにカッコイイし、事業家の手本とされる。西郷どんもいまだに男の鑑である。源義経の騎兵運用眼はマーケティング戦略家にとって学ぶところが多いだろうし。
だから、やはり、ビジネスマンたるもの、金儲けの“how to”ではなく、人間的魅力を陶冶する“how to”に全力を注がねばならないと思う。「坂本龍馬はいくら稼いだのか」じゃなく、「どうやって人を動かし事業を構想し実践し業績を残し得たのか!?」だ。「稼いだ額」は、そのうちの一項目に過ぎない。
ところで、礼儀知らずなビジネスパースンが多い。
もちろん、未熟者の私ゆえ、礼状を出し忘れたり、お辞儀がやけに軽すぎたり・・・と、後悔することは毎日ある。それを棚上げするワケではないが、お話しにならない無礼さがビジネスの世界で横行している現状はやりきれない。
そういう人に限って、こちらにとっては「案の定」なのだが、金儲けの話にはご熱心である。ハナからその人がいくら稼いでいるかに興味がないのだが、仮にその金額が大きくても何ら驚くに値しない。
「無礼千万な人」というだけでマイナススタートだからである。いくら本人が「オレの年収はいくら、愛車はホニャララ」と誇ってみたところで、マイナスに変わりはない。
で、そういう人に限って、礼儀や哲学や人間関係や歴史をバカにする。
「それで食えるか? 稼げるか?」
と平気な顔である。
私が歴史好きだからかも知れないが、歴史をバカにする者は無礼で金儲け主義で表層的で狡猾で狭量でコンプレックスの塊のような人物が多い。中には確かに稼いでいる人がいる。身なりを見れば分かる。しかし、どこか下品だ。土着の関西弁で言えば、「ゲスイ」のだ。いくら積まれてもお近づきになりたくない。
逆に、歴史からも学ぶ姿勢を持っている人は人当たりが良くユーモアがあり温かく自律的で本質的で度量が大きく礼儀正しい。で、不思議なことに、こういう人のほうがお金持ちに見える。あまり稼げていなくて、身なりはそこそこでも、自然と上品な雰囲気がある。仲良くしたくなるし、協力したくなる。
親しくさせて頂いている女性経営者がいる。特に歴史に造詣が深いわけでもない。どちらかといえば、あまりご存じないようだ。しかし、人の話を真剣に聞く。知らないことは知らないと言い、はじめて聞いた話にいたく感動される。だから、こちらも気持ちよくなってドンドン話してしまう。結局、その人は得をしている。
徳は得である。
歴史への関心度と礼儀に何らかの関係性があるのなら科学的に例示したいが、そういうわけにもいかないので、感覚的な印象でしかないが、この法則はほぼ100%当たっている。
今でも強烈な印象で残っている人物がいる。そこそこ著名なマーケティングコンサルタントだ。本を数冊書いているらしい。読んだことは無いが・・・。その人に面と向かって言われた。
「要は、あなたがいくら稼げるかだよ。礼儀なんてどうでも良いんだよ。金儲けしたいんでしょう? だったら、私にいくらでコンサル依頼するの? まずそれを提示してからだよ。話は・・・」
確かに・・・。
礼儀さえ良ければ金が儲かるのなら、誰でも小笠原流の礼法、習う。
もっとも、礼儀と礼法では大きな違いはあるけども・・・。
あの人が言ったように、礼儀は金を運んできてはくれない。しかし、その人の身を輝かせる。身が輝いていると人が集まる。人が集まると事業が動き出す。成果が出る。金儲けの萌芽となる。仮に、そのプランがダメでも、他がある。人が集まる基となる、その人の礼儀正しさがあれば、無尽蔵に可能性が生まれる。
一方、礼儀が無いと、身が輝かない。能力ひとつで稼げたとしても、後が続かない。人が寄りつかない。人が寄りつかないと下品に見える。持ち金も腐って見える。
だから、どんなに著名で有能なコンサルタントか知らないが、その人は、全身「胡散臭さ」の塊だった。毎月これこれの収入がある、オンナが何人いる、と自慢しておられたが、1ミリたりとも羨ましくなかった。負け惜しみでも何でもない。仕事のスケールも、クライアントの規模も、収入も、現象面ではすべて負けていたが、少しも敗北感がない。「可哀想なひと」。それがその人と別れた時にこみ上げてきた感情だった。まあ、「礼儀知らず」の前に、収入や愛人の人数を誇る時点で、人間の底が浅い、デリカシー皆無の人物なのだが・・・。
あれでも数年は「先生業」で食えているのだから、楽な世界だなと思った。
ともかく・・・ 金儲けと礼儀の関係。
これは、英雄ブランディングの大きな執筆テーマとして、いずれ取り上げることにしよう。
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