歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 [日記・コラム・つぶやき]
 歴史でおのれを磨く!
 

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今回のテーマにご関心のある方は、banner_02 宜しくお願いします!
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[日記・コラム・つぶやき]では、文字通り、日記を書くが、必ず「歴史」「リーダーシップ」「マーケティング」の視点に添った内容にする。いわゆる、何の目的もない特色もない言いたいことだけ言い散らすブロガーとは一線を画したい。だから、アバターも使わない、ハンドルネームも使わない。つねに本名でいく。但し、時々、「これは31歳の若輩が言う事じゃないな・・・」というときは、さかもと教授にお出まし願う。ま、手の内はバレとるが・・・。

このサイトのメインコンテンツは、言うまでもなく、「英雄ブランディング」のメソッドをビジネスの現場で、生活の現場で採り入れて頂くためのステップとして用意している5つのインデックスである。左のサイドバーに書いてあるとおりである。

しかし、このサイト構成、インデックス構成はもともと、書籍出版の企画書として誕生したものである。従って、本を書くつもりでこのサイトを更新していく。

メインコンテンツは週に1回程度のペースで更新していく。来週から、いよいよ、「英雄・偉人のブランディング秘策」を書き進めたいと思う。しかし、5つのインデックス構成だけでは表現しきれない「思い」にも光を与えてやりたいではないか。それを、[日記・・・・・]に書く。

さて・・・。

私の友人の何人かは、私を「歴史好き」と言う。また、「右寄り」とも言う。

しかし、もちろん右翼でも何でもない。黒塗りの街宣車には乗っていない(笑)。

単に、この国の歴史が誇らしいだけだ。


「天皇制賛成 or 反対」というが、そもそも、あれは制度なんかじゃない。連合国向けに「これは、わてら日本人には必要な制度でおまんねや。これを廃止せぇ、やなんて殺生な・・・」と説明するために使った方便に過ぎず、日本国内では堂々と、「制度にあらず。日本の伝統文化そのものである。日本人全体の血脈の象徴。世界に冠たる歴史を有した文化的な国家としての時間の象徴である! 若者よ、それを誇れ!」と言えば良い。

だから、日本の歴史が誇らしいということは、天皇制に何の疑問も持たない、あって当たり前のものだと理解するということだ。それが、友人には奇異に思えるのだろう。「右寄りだ」と言う。おかしな話である。

例えば、誰も意識して呼吸する者はいない。「1分に50回、せーの」とやってるわけじゃない。生まれつきの本能・機能として呼吸する。できて当たり前だ。天皇さんの話はこれと一緒だ。天皇制廃止論は、「呼吸をやめる」と宣言しているようなものだ。天皇制賛成論は、「オレ、こうやって呼吸してんだぜ!」といきがっているようなもんだ。双方不自然である。呼吸は黙っていても自然とするものである。

司馬遼太郎さんは、終戦を迎えて虚無的になった一瞬、「なんでこの国はこんな風になったのだろう」と思ったことから、歴史小説を書きはじめたのだという。

私は戦後生まれである。それどころか、戦後生まれの親の子だ。しかし、司馬さんが持った「哀しみ」に近いものは持っているつもりだ。司馬さんら戦中の人は、戦争というものを生身のわが目で目撃することによって、人生というものに目覚めたのだろう。

私は父親の影響で、幼い頃から歴史が好きだった。「こんな戦争を起こしてしまう国とは何なのだ」という強烈な疑問は持っていなかったが、日常的に歴史に触れていると、徐々に、同じような感情を持つに至る。

なぜなら、明らかに違うからだ!

三国志に登場する英傑と、現代の中国人。織田信長の時代の武人の潔さと、現代の日本人。

すべて一致しないのだ。

「なんで日本人ってこんな風になってもうたんやろ~」

戦争を経験しなくても、歴史そのものを学べば、自然と自分の国を誇らしくなり、一方で、情けなくなり、その結果、「オレもなんかやらなあかんな!」となる。

その効果を充分に発揮したのが、寺子屋である。戦国時代に寺子屋は無かった。なぜなら、毎日が戦場。生活が戦場である。歴史を学ぶ悠長な時間はない。生きるか死ぬかのせめぎ合いの中で、様々なことを学んでいくのである。

一方、江戸時代。泰平の世である。戦場を通して学ぶ体験ができない。

だから、教育に力を入れた。年端もいかぬ幼児に論語を聞かせる。武士のたしなみを教える。忠義を教える。人生を教える。

20歳にもなれば、立派に腹が切れる武士へと育つ。仁義を重んじる商人が育つ。求道に一生を捧げる工人が育つ。真心こめて作物を作る百姓が育つ。

寺子屋があってこそである。

さて、現代。

戦争を体験することも無ければ、寺子屋に通うこともない。

どうやって、「おのれを磨く」のか?

その方法の一つを提示することが、「英雄ブランディング」の命題である。

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