歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 [日記・コラム・つぶやき]
 情報を足せない人=質問を引き出せない
 人=集団に個が埋没している人

今しがた、タクシーのラジオから流れてきた台風のニュース。

AM局のDJと九州のとある村の公務員とのやりとりである。

DJ:●●の△△村の某さん、そちらの台風の状況はどうですか?

某:はい、すごい風です。

DJ:・・・・・。雨量はどんな感じですか?

某:はい、激しいです。

DJ:何時頃から降り始めたんですか?

某:3時です。

DJ:いま(17:30)もそれが続いてる、と?

某:はい。

DJ:被害の状況は?

某:いまのところ大丈夫です。

DJ:土砂崩れなどの被害は?

某:ですから、今のところは大丈夫です。警戒は必要ですけど。

DJ:・・・・・。(イラッとした様子で) 避難なさった方々の様子は?

某:はい、45世帯84名の者が小学校の体育館に避難しました。

DJ:・・・・・。分かりました。




市役所などに行くと、こういう、質問したことにしか答えない「YES・NO式」の公務員がいる。

質問の意図を読みとることができないから、すべて「YES・NO式」の問答に置き換えてしまう。「YES・NO式」では、情報を継ぎ足すことができないから、相手からそれ以上質問を引き出すことができない。その結果、相手にされなくなる。無視されるようになる。どんどん、コミュニケーションの輪から外れていき、存在しているのか、していないのか、分からない存在になっていく。集団の中に「個」が完全に埋没するのである。

すべての公務員がそうだとは言わないが、経験上、9割がこの式である。

無礼で無感動で無関心な公の精神のない、ただの「公共作業従事者」に税金を払っているのだと思うと、腹が立ってきて仕方がない。

公務員に「私」が要らないかといえば、それは大きな間違いである。

公僕ほど誠実で高潔な「私」が要求される役割はない。

「私」が要求されるのは、商売人やアーティストだけではない。

「公」とは無数の「私」の集まりであり、公共事業や公共サービスは、そういった無数の「私」が凝固したものであるべきである。

「滅私奉公」とは、「滅するべき私」が前提である。「私」を持たない者が「滅私」などできるわけがないし、ましてや、「公に奉る」ことなどできるわけがない。

セルフブランディングは、経営者・起業家・マーケティング、販促担当者に必須の項目だと思うが、「公」に尽くす「私」を持たない現代日本の公務員には、特に不可欠である。

公務員の方にも、是非、英雄ブランディングを実践して欲しい。

しかし、残念なことに、「私」を持たない人が、わざわざネットサーフィンして、「マーケティング」や「ブランディング」という言葉をサーチするはずも無いだろうから、結局、「私を持つべき!」という議論は、「私をすでに持っている人」の目にしか留まらないのだろう。

その矛盾に気づきながらも、このように書かざるを得ない。

それが、また私自身の「私」である。

(追記)

それにしても、上記の村役場の某。避難した村民を「84名の者」とは、何という言葉遣いだろう! ボキャブラリーがないのではない、心が無いのである。

「御社のシステムは今まで何社の販売実績がありますか?」と問われて、「はい。300社400人の者が使っています」なんて答え方したら、ビジネスマンどころか、人間としても「失格」の烙印を押される。

公務員は顧客を「者(もの)呼ばわり」しても許されるんだね~。

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