(2)英雄は憧れる
漢の高祖・劉邦の場合
[2:実践編]
(2)英雄は憧れる
漢の高祖・劉邦の場合
[2:実践編]
彼の英雄性を示すエピソードはたくさんあるのだが、中には後世の人たちが意図的に作った挿話なども多く、物語を面白くするには好都合かも知れないが、英雄ブランディングの趣旨から考えると適切ではないものも多い。英雄偉人の戦略発想や人間性の特徴に光を当てることで、成功者の条件を浮かび上がらせ、それを自分流に翻訳することが英雄ブランディングの本旨である。そこから考えると、劉邦が我々に教えてくれる最大の教訓は、「憧れる力」についてである。
ところで、劉邦の物語を読んだことのある方ならこのような印象を持ったことは無いだろうか?
「ライバルの項羽を凌ぐ勢いがつけばつくほど魅力が無くなる人物」
少なくとも私はそういう印象を持っている。その点、豊臣秀吉とそっくりである。権力を握れば握るほど英雄としての魅力が減っていくのである。一方、織田信長や始皇帝は権力を握れば握るほど魅力が増す。好奇心をそそられるポイントである。
そういうわけで、劉邦の英雄性が最も輝いていた時期は、天下に志を持った時だろうと思う。逆に、その後天下人に近づくにつれて彼よりも、彼の家臣たちの魅力が増していく。それこそが劉邦が天下を取れたゆえんでもあるから、一概に、個人的魅力ひとつでは論じられないのだが・・・。
彼が天下に志を持った時期をいつと定めるか、議論が分かれるところであろうが、私は始皇帝の行幸をわが目で見た時であろうと思う。
咸陽で夫役についていた際、彼は行幸にでかける始皇帝の姿を見て、このように呟いた。
「大丈夫当如此也」
(大丈夫、まさにかくのごとくあるべきなり)
「男たるもの、こうでなくてはいかんなぁ~」というほどの意味である。
一方、項羽は始皇帝を見て、「彼可取而代也(彼、取って代わるべきなり):俺があいつに取って代わってやる!」と息巻いたとされる。この二つのエピソードは二人の英雄の性格をとらえたものとしてしばしば対照的に論じられる。信長・秀吉・家康の「ホトトギス」論とよく似ている。
しかし、私は劉邦の呟きにこそ、彼の前半生の成功の秘訣を見ることができると思う。
この呟きとその後の彼の生き方には、ブランディングの成功要件である「憧れ」が見事に含まれている。
貧しい農家の次男坊として生まれた彼は、いつも街のゴロツキとつるんで酒を飲んだり、女をたぶらかしたり・・・。しかし、街の長老たちは決して彼らを疎ましく思っていたわけではない。いわゆる「侠の人」だったと言われている。侠とは、日ごろは働きもせずゴロゴロして時に悪事を働きもするが、基本的には弱者のために自分の腕っぷしを恃む無頼のことである。武侠などということもある。街からすれば必要悪なのだ。盗賊などから街を守ってくれたり、冠婚葬祭には仲間総出で働いてくれる。その代わり、タダ酒・タダ飯は許す。そういう集団の頭目、それが劉邦だった。
彼が何歳の頃に始皇帝の姿を見て、「おとこ(漢)とはかくあるべし!」と思ったのかは定かではないが、この呟きと彼の武侠生活はシンクロする。
彼は、始皇帝の姿を男の条件と信じ、つねにそれをイメージした。何をするのにも、理想的な男の偶像を右脳で描き、心を満たした。その夢想に浸っているとき、彼の心は完全にストレスから解き放たれた。ストレスフリーな心は、前頭葉から不可思議な空気を放出するという。「眉間に力がある」という言葉があるように、職も持たない劉邦の眉間には何故か不思議な力があったに違いない。ヨーガで言うところの「第7のチャクラ」が開いていたのだ。プロアスリートやアーティストが最高のパフォーマンスを行うとき、前頭葉に大きな反応が起こることは、脳科学的にも実証されていることだ。
劉邦も右脳に焼き付いたイメージを毎日毎日何度も反芻し、完全に自分独自のイメージとして独占することに成功した。そして、イメージしたとおりの人物をあらゆる機会を通して演じていった。俳優のように意識的に演じたというよりも、自分も気づかない内に右脳のイメージによって体が動いていたという方が近いだろう。
我々もそういったことは経験する。視覚的な見た目ではなく、雰囲気として見た目が良い人。なぜか分からないけど同性にも異性にもモテる人物。大したイケメンでもないのに、女が放っておかない人物・・・。そして、そういう人はたいてい人の上に立っている。リーダーの立場である。
劉邦はその代表例なのだ。
そうやって彼は仲間から信頼され、街から信頼されていった。知事の下で働く蕭何(しょうか)と曹参(そうしん)も、劉邦には一目置くようになった。
そして、始皇帝が死に国が乱れ各地に群雄が割拠するようになると、彼の街・沛県でも知事の代わりに実力者を立てようという動きが出始める。その結果、蕭何(しょうか)と曹参(そうしん)の根回しによって劉邦がおしたてられた。
その後は小説に載っている通りまさに快進撃である。項羽に攻め立てられ命からがら逃げるシーンも何度かあるが、劉邦の成功要因は、人心を掴んだとか、家臣に恵まれたという現象ではなく、彼の右脳力にあると私は確信している。
「憧れ力」こそが成功の秘訣である。
| ●英雄偉人のブランディング秘策(メソッド) その二 |
英雄は憧れる。右脳に焼き付けた将来像に今の自分を鍛えさせる! |
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さかもと教授の 「憧れる」という言葉はとかく誤解を招きやすい。「ボンヤリと夢想する」というよりも、「積極的に右脳にイメージを焼き付ける!」というぐらいのアクティブ・ポジティブな概念ぢゃ。これが習慣化すると、自然と体が反応するのぢゃ。イチローが剛速球に反応できるのも、この右脳の力によるのぢゃ。彼は目でボールを追っているのではない。人間の目はそんなに早いものを追えるほどの機能は無いからのぉ。心眼というヤツじゃよ。心眼を作るには、右脳を鍛えるしかない。右脳を鍛えるには、心をストレスから解き放つしかないのぢゃ。だから、プロフェッショナル・一流と言われる人はみな楽天家なのぢゃ。名を残した英雄もみな、憧れ力を持った楽天家だったに違いないのぢゃ!! |
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