歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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【第1章 憧れることの効用】
(2)憧れると心が美しくなる
 >>> 2.互助本能と復讐本能(コインの表と裏)
                   [1:理論編]

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 生まれた時には、我々人間は武器も利器も与えられていない。概念生産力と労働力によって、生まれた後で生み出していくか、獲得していく。

 動物は生来、爪と牙を持っている。食糧を獲得する武器として、または自衛のための利器として、である。

 その代わり、動物には嫉妬心がない(もしくは、きわめて少ない)。

 脳がそのように発達しなかったからだが、ざっくり言えば、神様が動物に嫉妬心を植え付けなかった。強力な武器を持ち、しかも嫉妬心を持っているとしたら手に負えないからだ。

 しかし、人間は互助本能と一緒に嫉妬心や復讐本能まで与えられてしまった。

 火・道具・言葉によって、時間と空間と関係性を永遠に我が手中に収めることができたと同時に、それらをみずからの手で壊してしまう可能性をも手に入れてしまったと言える。

 人の為に良かれと思う心は、それが報いられない場合、時に嫌悪の念を伴って潜在意識に刷り込まれる。相手を嫌いになる。ひどい場合は、身体表現として攻撃することもある。

 「美しい心」の定義は様々だが、これまでこの理論編で述べてきた考え方からいけば、こうなるだろう。

 まず、この図を見て頂きたい。

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 これは、ある企業スタッフの方から「夢の描き方がわからない」と質問されたときに使った講習レジュメの一部である。

 夢を描くという精神行為には、ある一定の理想的なプロセスがあるというのが私のセオリーだ。

 やみくもに「ああなりたい」「こうしたい」と願うのは、「夢を描く」ことではなく、ただの羨望である場合が多いものだ。

 そういう考えから、その企業スタッフの方々に、「夢を描く前にスタンスを決めよう!」と提案した。その時に提示したのが、この図である。

 ゴルフでも、理想的なスイングを行うためには、理想的な立位(精神的・身体的なスタンス)というものがある。これが狂うとすべて狂う。(いまだに100を切れない私は狂いっぱなしである(笑)

 夢を描くことはゴルフで言えばテイクバックである。「夢を描くためのスタンス」が間違っていれば、打球はとんでもない方向へ飛んで行くに違いない。

 図では、「義侠心」と書いているが、これは「互助本能」のことであると考えて良い。「私欲」は「食糧獲得本能」。「復讐心」は復讐本能。

 人間は他の動物と比べると生来優れた機能を与えられているが、同時に容易に低きに流される性質も持っている。自ら律さなければ、徐々に(もしくは急激に)ケモノへと退化してしまう生き物である。

 人間たるもの、私欲と復讐心ではなく、義侠心(互助本能)で自分の人生を切り開いていきたいものだ。

 しかし、そう簡単にいけば誰も悩まない。それが理想的だとは思っていても、低きに流れていってしまうものだ。

 もちろん、「良い料理を食べて、良い車に乗って・・・」式で、夢を描くことも可能だ。

 しかし、腹が減れば飯を食うのは、ケモノでも人間でも同じ事である。食べるものが高価か、量が多いかの違いである。

 「彼らは食べるために生きるが、私は生きるために食べる」というソクラテスの格言は的を射ていると言えよう。

 但し、この式で夢を描くことのないように自分を律するのは、意外と簡単である。この式で成功した人は古今東西一人も存在していないことを知れば、わざわざこの式を採用する愚を誰が冒すだろう。そんな人は文字通り、愚者である。

 一方、「あいつをいつかギャフンと言わせてやる・・・」式で、夢を描くことも可能である。

 しかし、この式はケモノ以下である。動物が他の個体を攻撃するのは何も憎いからではない。食糧獲得行為なのである。しかし、人間だけが復讐・嫉妬によって突き動かされる。

 もちろん、ある現象のわずかな起爆剤としてなら、復讐心が大きな意味を成すこともあるだろう。

 例えば、WBCで韓国に勝った日本代表チームは二度の敗戦によって復讐心を燃やした。「二度も同じチームに負けるなんて」という我が身への不甲斐なさと、「日本の力を見せつけてやる」という復讐心がプラスに働いた、素晴らしい例だ。

 しかし、イチローたちアスリートは、誰かに報復したくて野球の道を究めているわけではない。彼らにとって、夢を描くことと復讐心はあまり深い関係を持っていない。

 だから、復讐的姿勢の発露として夢を描くと、必ず事破れる。これは、歴史が証明していることである。

 私は、自分と他人の関係性に互助本能が最大限発揮されるように仕組んでいくのが、夢を描くスタンスの基本だと考えている。

 「世のため人のため」というやつだ。そのスタンスなしに、夢などいくら書いても意味がない。自分以外の人のためにならない夢など、夢を描いていないのと同じである。

 しかし、忘れてはならないのは、人を助けようという心を強くするということは、見えないところで、人を恨む心をも大きく育てる可能性もあることだ。

 飯のために夢を描いた成功者はかつていなかったが、復讐を胸に夢を描いた成功者は何人もいるのだ。

 我々後世の人間は、その人たちの成功事例を学ぶことはできるが、成功動機と成功後の本心まではのぞき見ることができないのである。

 だから、歴史を学ぶことが大事になってくるのである。

 

 「あの偉人はなぜ成功したのか?」

 「どうやって、その成功を保って死ねたのか?」

 「なぜ若い頃はあんなにも立派にやれたのに、老いて身を崩したのか?」

 そういった問いの答えは、その偉人の立場にシンクロしようとする姿勢を持たないと得られるものではない。

 心の問題に取り組むには、同時代を生きる他人の心、そしてすでに死んでしまった過去の人間の心について思いを致すということでもある。

 心の修養に歴史を勉強することが欠かせないのは、そういうワケである。

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