歴史から学ぶ[プライベートブランド]の作り方

英雄・偉人のブランディング秘策

例えば、坂本龍馬のような事業家になれる方法?!


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 個独化ブランディングの手引き VOL.3
 事業カテゴリーそのものを作る
                  [3:修養編]

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事業カテゴリーそのものを作る

 アル・ライズ氏はその著書『ブランディング22の法則』で次のように言っています。

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「ブランディングの、最も効果的で、実り多く、役に立つ側面とは新しいカテゴリーを創造することである」

 1/1になるということは、自分で事業カテゴリーそのものを創り出し、その唯一絶対の主(あるじ)になるということです。

 また、潜在顧客に「群れの中から自分を発見させる手間」を取らせないことにもなります。これが顧客の購入意欲をいかに促進するかお分かりでしょう。限定品が売れるのは「探し出す手間」がないからです。



「個独化戦略」のイメージ

 例えば、異業種交流会で出逢った人から、「あなたは何屋さん?」と聞かれたとします。その時、「●●というビジネスをやっています」「え? 何ですかそれ? 初めて聞きました」「そりゃ、そうですよ。私の造語ですから」。こんな対話を展開していけるようになることを目標イメージに描いてみると、個独化戦略が分かりやすくなるでしょう。

 「うちは会計事務所です」と答えて、「それは面白そうですね。ゆっくりお話聞かせて下さい!」と食い付いてくる人を見たことがありません。極論すれば、名刺に「会計事務所」と書いてあるだけで、「強みは特にない」と白状しているようなものです。

 ところで、この「個独化」という言葉は私の造語です。個独化という造語によって「差別化」という概念との違い、つまり、「個独化」という概念の独自性を強調できるわけです。このように、ある従来的なセオリーに独自の新しい視点を加えて、それにまったく新しい名称を付けることは、ブランディングの最もオーソドックスな手法です。

 こういうネーミングセンスに関しては、始皇帝はピカイチですね。

 Sikouteiまず、自分の呼称からして個性的かつ独自的!

 六つの王国をすべて滅ぼして、自分が唯一の支配者になった。

 その昔、三皇五帝という伝説上の支配者がいたことから、皇帝という称号を用いるべきと学者が進言します。

 「なろほど、な。しかし史上初の皇帝だから、始皇帝と称することにする!!!」

と彼は言います。

 「皇帝の始めだから始皇帝か、なんだ、単純!」と思ったら、そうではない。

 注目すべきは、始皇帝という称号は彼の死後、誰も名乗れないという点です。

 つまり、彼は「皇帝」というジャンルを創出し、その「一番手」の地位を独占したわけです。

 アル・ライズ氏の法則どおり、というわけです。

 現に、「皇帝」という単語をYAHOOでサーチしてみると、ダントツで「始皇帝」が一位!

 彼以外に皇帝は何十人もいるのに、「皇帝といえば秦の始皇帝」というイメージが完全に定着しているわけです。

 「ウォークマンといえばSONY」

 「宅急便といえばヤマト運輸」

 SONY製でなくとも、我々消費者はウォークマンと呼ぶし、ペリカン便でも宅急便という言葉を使ってしまいます。宅急便という言葉はヤマト運輸のサービス名なのに、です。

 つまり、一番手が作ったカテゴリー名がそのジャンルの後発組のサービス名・商品名をも代表してしまうわけです。

 このことが、個独化戦略の核となるわけです。

 自分が名乗る肩書き・事業名・商品名が、その業界の代名詞になるように・・・。

 これが、これからのブランディングのスタートラインなわけです。

 だからこそ、歴史上の偉人・成功者から学ぶことが大切になってくるのです。

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 どんな言葉を掲げる?
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Tenkahubu_genten1 織田信長は、天下布武

Onriedo_gongujoudo徳川家康は、厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)




Furinkazan


















武田信玄は、風林火山

 
 英雄はたいてい、何らかの言葉で事業定義している。

 言葉で表現できない夢は叶わない。

 さて、あなたはどんな言葉であなたの仕事と夢を定義しますか?

 ちなみに、私の言葉はこれ。

 虎は死してなおその皮を遺す

 シンボルマークはこれ。自作の印。

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 時をあらわす日・月を背負う虎。名付けて、日月虎(じつげつこ)。

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 英雄ブランディング的
 映画「ダヴィンチコード」の観かた
             [日記・コラム・つぶやき]

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Davinci_code_1 映画「ダヴィンチコード」を観てきた。一昨年、原作を読んで、「映画化してほしい!」と切望した傑作だけに期待が大きかった。そして、その期待に見事応えてくれた!

 もっとも、この話は誰が演じても誰が撮っても成功する可能性が高いと思う。それほど、ストーリーが良い。

 劇場で隣の席のカップルが、「アクションがどうの。あいつの役名がどうの」と議論していた。

 映画の観かたは人それぞれで良いとは思うが、あの映画をそういう浅いところでしか観られない感性は気の毒だと思う。

 それほどに深いテーマだ。

 といっても、ヴァチカンが不買運動を扇動しているといった「対岸の火事的な宗教問題」として深いテーマだ、というのではない。

 我々の生き方に関わる重大なテーマが横たわっていると言いたいのだ。

 私は「多神論的無神論」者である。

 平たく言えば、「我が内にこそ神あれ」という思想だ。

 だから、キリストもブッダも孔子も「神」だとは思ったことがない。

 あくまで人間として偉大な人物である。勉強の材料である。

 歴史から人生のエッセンスを学び取るには、先人を神格化してはいけない。

 同じ人間だからこそ学び取れるのであって、神として崇めてしまっては学び取れない。

 神棚や仏壇に備えた供物をムシャムシャと食い荒らすことができないのと同じ理屈だ。

 学ぶ対象が良いか悪いかではなく、自分の学び方が良いか悪いかだ。



 だから、キリストは神ではない。自分の人生の教科書の一部であるべきだ。

 そして、自分の学び方にこそ真実があるべきだ。どうしても神という言葉を使いたいのなら、自分の内にある真実を神と呼ぶべきだ。

 誤った人生観で、誤った言葉を使い、誤った人と付きあい、誤った方法を行えば、自分の内なる神が悲鳴をあげる。

 「この選択は間違っている!」と。

 人間社会はそれをすぐ具象化する仕組みが内蔵されている。

 選択を誤った人は社会からはじかれるようになっている。自然淘汰という作用によって、社会から排除されるように、はじめからなっているのだ。

 歴史を学び教養を高めるのは、そのことを知るためだ。

 つまり、私の持論からいけば、歴史を学ぶことが自分の内なる神に近づく最短の道なのだ。

(人を馬鹿にして金儲けに邁進することが成長と思ったら大間違いだ。事業家は学びながら稼ぐものである。学びを無視して稼ぐことに傾注しても得られるのは、現金と物質だけである。本当の豊かさこそ目に見えないのだ。目に見えないものは学ぶ姿勢の中で感じ取ることができるのだ)



 そして、それはとりもなおさず、内なる神と対話し続けた勝利者に近づくことである。

 それが彼ら、そう、キリストやブッダなのだ。

 キリストやブッダは神ではなく、内なる神と対話し続けた偉人なのだ。



 そして、ブランディングという作業は、この「内なる神との対話」に他ならない。

 だから、「ブランディング・価値設計・人生の意味の模索」というテーマを念頭に置いて、この映画を観ると、深遠な世界が見えてくる。



 そう考えると、主人公のラングドンが「紋章」「象徴」の権威というキャラクター設定も意味深だ。

 ブランディングにおいて、「象徴」(シンボル)という概念がいかに重大かは誰しも知っているはずだ。



 前回の記事にも書いたように、

 「どんな言葉(or シンボル)を掲げるか?!」

ということである。

 それを真剣に考えると、人生が大きく開ける!



 だから、この映画だけはまず原作をしっかり読み込んで、自分の心の中にたくさんの思いを抱きつつ、劇場に向かうべきだろう。
「話題作チェック」のノリでは行くべきではない。

 ま、もっとも、どんな映画も作品の出来不出来が問題ではない。

 観る側の意識・志によってクオリティが変わるのだ。

 アカデミー受賞作を観ても成長しない人がいれば、逆に、誰も知らない駄作の中にも真実を発見する人はいるものだ。

 真実は「向こう」にあるのではない。我が心の内にあるのだ。

 X-FILEのキャッチフレーズ、

 “The truth is out there” 「真実はそこにある!」では不充分である。

 “The truth is right here!” 「真実はここにある!(胸を叩いて)」こそ正しい。

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 個独化ブランディングの手引き VOL.4
 個独化戦略の三大原則(1)
                  [3:修養編]

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個独化戦略の三大原則

●その一 情報源不差別主義

Jouhougenhusabetsushugi  例えば、会計事務所はいままで、税務に関する知識・能力を高めるだけで良かった。しかし、顧問先の経営全般に対して多面的な関心を持たないと戦略思考は身につきません。顧問先との対話のどこに「個独化へのジャンプ台」となるアイデアが眠っているか分からないからです。

 その点、会計事務所はとても有利な立場にあります。

 一般企業の営業マンが、「儲かっている秘訣を教えて下さい」と飛び込み営業をしても追い返されるだけですが、会計事務所はどれだけしつこく質問しても、顧問先はイヤな顔一つせず教えてくれるはずです。

 会計事務所が顧問先の経営に関心を持ち、ヒアリングしてまわると、色んな効果が生まれます。

 1.個独化戦略のための情報収集ができる。

 2.顧問先へのサービス向上のきっかけづくりになり、
   派生的な受注チャンスも得られる。

 3.イメージアップになる。

 4.経営の勉強ができる。

 情報源非差別主義は、一石四鳥の効果をもたらすのです。

 しかし、このことはすべての事業者・ビジネスパースンについて言えることでもあるのです。

 自転車屋さんが、成功している飲食店の成功事例から何事かを学び取り、それを自社の経営革新アイデアへと翻訳することができた、というような話をしばしば聞くことがありますね。

 ヒントはつねに少しズレた場所に眠っているものなのです。目の前を探さずに、少し高い視野から物事を見回す習慣をつけることが大事なのです。

 だから、情報源を差別してはいけないのです。

 その最も良い材料貯蔵庫が歴史なのです。

 頼みもしないのに、先人たちは色んな試行錯誤を繰り返して、成功したり失敗したり・・・。しかも、それを書き残してくれている人がたくさんいる。

 話題のセミナー(受講料5万円)には飛びつくのに、タダ同然で勉強できる歴史に飛びつかないのは不思議な限りです。

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 個独化ブランディングの手引き VOL.5
 個独化戦略の三大原則(2)
                  [3:修養編]

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●その二 リテラシー


Kaigi  二つ目は「リテラシー」です。「読み書きの能力」と訳されますが、私は「翻訳力」と捉えています。

 いくら豊富に情報を摂取しようと、それを活かして自分なりの方法論やアイデアを新しく生みださないことには意味がありません。

 目的は、あくまで「新事業コンセプトの創造」です。できるだけたくさんの概念やアイデアを学び取って、それを自分の組織に置き換えてみることが肝要です。

 例えば、成功企業の実例をビデオなどで観て全員で討論してみても良いでしょう。

 そして、自分たちには何が足らないのか、話し、話させ、書き、書かせることです。

 書かせることで、思考訓練と理念共有が同時にできるのです。

 話し、書き、聞き、読み、学びとる。

 この好循環が習慣化すると、視野が広がり、翻訳能力が高まり、戦略思考が身につきます。

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